掌編小説ノート

3分で読める、お手軽ストーリー

消費されていく教師と生徒

 「シーモン先生は今日は学校をお休みします。代わりに教頭先生が授業を行います」教室における朝一番の教頭先生の報告に、元気のいい男子生徒のトッピンが質問した。「先生は病気ですか?」すると教頭先生は、一瞬思案した後こう答えた。「先生はご病気ではありません。しかし元気だとも言えないでしょう」

 

 その日の夕方、トッピンはシーモン先生が学校を休んだ理由を知った。シーモン先生は地元テレビ局のニュース番組に出ていた。シーモン先生の5歳の長男が行方不明になっていたのだ。誘拐事件の可能性もあるが、今のところ犯人からの連絡はないと、メディアは報じた。

 

 シーモン先生と奥さんは、記者たちの取材に対して神経過敏になっていた。特に奥さんはだいぶ心労が重なっている様で、玄関前での取材対応の途中で家の中に引っ込んでしまった。トッピンが複雑な気持ちでテレビを見ていると、同じ学校の男の子二人がカメラに映りこんでいた。

 

 「あいつら、こんな時に…。明日会ったらぶん殴ってやる」トッピンは二人の男の子の無神経さが許せなかった。トッピンが夕食の時間にそのことを両親に話したら、彼の母親は「まあ、困った子たちねえ」と嘆いたように言い、父親は「そうだ!そんな奴らぶん殴っていいぞ!」と加勢した。

 

 翌日トッピンは有言実行とばかりに、昨日テレビに映っていた上級生二人を問い詰めたが、上級生は更にトッピンの神経を逆なでるようなことを言った。「シーモンは子どもを山に捨てて来たんだよ。そのうち離婚するだろうな。何しろあいつは不倫してやがるんだからな」

 

 シーモン先生の不倫の噂は、トッピンも聞いたことがあった。というよりも、彼は現場を目撃したことすらあった。不倫の相手は同僚の女性教師で、トッピンはシーモン先生がその女性教師と二人で、学校から帰るところを見たのだ。しかしトッピンはそんなのは幼稚な邪推に過ぎないと信じていた。

 

 それは男の子と女の子が一緒に下校したら、それだけでもうデキてるとか言って噂するのと同じくらい、子どもっぽい発想であった。もし本当に不倫をしていたら、逆にそんなあからさまな態度は取らないだろうとトッピンは思っていた。

 

 しかし大の大人の大マスコミは、そのネタに食いついた。シーモン先生の長男が行方不明になって10日ほど過ぎた頃、世間の注目を引きたいテレビ局は、ある日を境に各局一斉にシーモン先生をバッシングしだしたのだ。そしてその材料として用いられたのが、例の不倫話であった。

 

 可哀そうに何の罪もない(とトッピンは信じている)件の女性教師は、それ以来学校に来なくなってしまった。そしてこの様な事件が長引いたときの常として、今度は両親犯人説が浮上した。マスコミはそれを何の躊躇いもなく報道した。

 

 学校の周辺には、連日マスコミが張り付いて、生徒からコメントを取ろうと躍起になっていた。生徒たちは学校の先生から、マスコミには何も答えてはいけないと言われていたのだが、シーモン先生の不倫話を最初に流したとされる生徒が校内でヒーローになっている現状、子どもたちの口は、実に軽やかであった。

 

 何かネタを取って来いと厳命されている記者たちも気の毒ではあるが、たかが子どもの流した未確認情報が、朝や夕方のニュースでトピックとして報道されているのを見て、実際の取材現場を知るトッピンは、マスコミの人たちの浅はかさに心底呆れ、強烈な不信感を抱いた。

 

 お金やお菓子で釣ってまで子どもから面白コメントを取ろうとするマスコミ。世間の注目は何の変化もない児童の行方不明という案件から外れ、子どもたちが発する低次元な暴露話の方に移っていた。この事件に関心を持つ者は、今や学校一の美少女の顔と名前に加え、その子が付き合っている彼氏の名前まで知っているのだ。

 

 そんな学校全体が浮かれた状態にある中、事件の核心部分に重大な変化が起こり、お祭り騒ぎの子どもたちは、突然頭から冷や水を被せられた。シーモン先生の長男の遺体が発見されたのである。皮肉にも、トッピンと喧嘩した上級生の予言は当たり、児童の遺体は山中で発見された。

 

 遺体の状況から、この事件は殺人事件と断定され、警察の懸命な捜査の結果、犯人は逮捕された。マスコミは先生の自宅に群がり、騒ぎが収まらない為、先生と奥さんは不本意ながらもマスコミの取材に応じた。そうでもしない限り騒ぎは永遠に続くと思われるほど、この事件の瞬間最大風速は凄まじいものがあった。 

 

事件が終わり町も学校も平穏を取り戻した。シーモン先生も噂の女性教師も、今は共に職場復帰している。夕食の席でトッピンがそのことを両親に報告すると、食卓の話題はやがて新しいニュースへと移っていった。