掌編小説ノート

3分で読める、お手軽ストーリー

悩める乙女のベビードール

 タイナは自らのノートを覗き見た。それは彼女の作曲の為のアイデアノートであった。彼女が所属する「ベビードール」という10代の女の子5人で結成されたアマチュアバンドでは、既成の曲のコピーに飽き足らず、オリジナル曲を作ろうという機運が高まっていた。

 

 そしてベビードールのメンバーは、次の日曜日までに最低一人一曲ずつ作って、それを持ち寄ろうという約束を交わしていた。バンドのメンバーは、まだ誰も他のメンバーの自作曲を聞いたことが無かった。それだけに彼女たちにとって、メンバーの前で自作曲を披露するということは、大変なプレッシャーであった。

 

バンドではベース担当のタイナも、以前からオリジナル曲の必要性を感じてはいたのだが、まだちゃんと曲として成立する作品を書き上げたことは一度もなかった。しかしそれでも彼女は曲作りと悪戦苦闘して来て、取り合えず曲のヒントになるちょっとしたアイデアだけは、ノート一冊分溜まっていた。

 

 これはバンド存続の危機になるかも知れないと、タイナは思った。もし約束の日までに誰も曲を書いて来なかったら、バンドのモチベーションは一気に下がってしまうかも知れない。せめて私だけでもまともな曲を作っておかなくては…。それがバンドリーダーとしての私の役目だと、彼女は思った。

 

 しかし、彼女は頼りにしていた自らのアイデアメモ集を見て、我ながらがっかりした。それは自分で描いたはずなのに、そのほとんどは彼女にとっても意味不明で、なぜこんなことを書いたのかと自らに問いたくなるような「アイデア」ばかりであったからだ。

 

 カクテルに酔って恋シテル。お高いプライドはブラインド。煙草の煙がニコニコチン。恋する二枚目、レッドカード。ゴーゴーベビードール。今期末は高気圧な世紀末。アップルパイでお腹いっぱい。ヘイヘイベビードール。マイネームイズ、タイナ。ホイナ・ホイナ。情熱のチャチャチャで、アチャチャな二人。

 

 きっとこれらは、書かれた当時は何か曲のイメージの伴った言葉だったのであろう。しかしだいぶ時間が経ってから見ると、これを書いた当時のイメージが甦ってこない。比較的最近書いたものでさえ、今のタイナには何のヒントも与えてくれなかった。

 

 これは下手にこのノートを活用しようとするよりは、諦めてまた一から考え直した方がいいかも知れない。しかしもしかすると、このゴミの山からダイヤの原石が見つかるかも知れない。タイナはギターを持ち、適当なコードを鳴らして歌ってみた。「アップルパイで~」タイナはちょっと歌ってみて、すぐに止めた。

 

 まずちゃんと歌詞を作らなくてはだめだ。このノートに書かれてあるのは、断片的なフレーズだけだ。作曲をするのだから、この断片的なフレーズからイメージを膨らませて、一つの曲にしなければならない。では何を基本のフレーズとして用いようか?

 

 「マイネームイズ、タイナ」と「ホイナ・ホイナ」は、何かつながりそうな気がする。「ゴーゴーベビードール」と「ヘイヘイベビードール」も併用できそうだ。このアイデアメモたちは、上手く並べれば一つの歌詞になるかも知れない。足りない部分は後から補って、付け足せばいい。

 

 タイナはあれこれと思案した挙句、曲のタイトルを「My Name is Tina」とした。初めての自作曲だから、自分のことを歌ってみようと思ったのだ。カクテルなんて飲んだことないし、煙草も吸ったことないけど、そこは想像で補おう。

 

 タイナは段々と作曲の手順を掴んできた。彼女はギターで適当なコード進行を決め、その曲に歌詞を乗せていった。最初見た時はとても役には立ちそうにないと思えた「アイデアメモ」も、作曲に慣れてくると、上手く活用できるようになった。

 

 こうしてタイナは、生まれて初めての自作曲「My Name is Tina」を書き上げた。タイナにはこの曲を人に聞かせたらどう思われるのか、見当も付かなかった。笑われるかもしれない。他のメンバーはもっといい曲をたくさん作ってくるかもしれない。彼女の心配は尽きなかった。

 

 いよいよ発表の時が来た。メンバーはくじ引きで決めた順番で、一人ずつ自作曲を披露していった。タイナは皆が予想以上に上手いので、内心焦っていた。この状況で自作曲を披露するのは、相当な勇気が要った。しかしタイナは逃げ出さずに、懸命に自作曲を披露した。そして、それが良かった。

 

 タイナの歌は、既成の曲の焼き直しとでも言うべき他のメンバーの曲とは違い、本当の自作曲だった。今器用さを覚えても、バンドに利益はない。彼女は自らの恥と引き換えに、バンドを一歩前に前進させたのだった。