掌編小説ノート

3分で読める、お手軽ストーリー

マジメ人間 GO!GO!GO!

 「そんなに不真面目な態度ばかり取っていると、いつか後悔するぞ」

 学校の先生にそう言われ、ポノリという16歳の女の子は、わが身を顧みた。私ってそんなに不真面目かな?私の不真面目なところって、例えば遅刻が多いとか、宿題をよく忘れるとか、掃除当番をさぼるとか、授業中に友達とお喋りするとか、黒板に落書きするとか…それくらい?
 
 でもよく世間ではマジメな人は損をするとか言うし、やっぱりマジメじゃダメなんじゃないかなあ。変な宗教に引っかかるのはマジメな人が多いっていうし、大体私の両親自体が、そんなにマジメじゃないし。でも私両親みたいにはなりたくない。
 
 もう少しマジメになってみようかな…。ポノリが少し自己反省をしだしたころ、彼女は本屋で「マジメのススメ」という本を見つけた。中を見てみると、この本の著者は、自ら「マジメ教室」を自宅で開いていて、著者の自宅は、ポノリの住んでいる所からそう遠くないことが分かった。
 
 ポノリはこの「マジメ教室」に興味を持って、そこに行かせてもらえないかと両親に相談した。するとポノリの母は、「そうねえ、確かに私もアンタにはもっとマジメになって欲しいわ」と宣った。どうやらこの母は、娘の評価に反して、自らをマジメな人間だと自覚しているらしい。
 
 ポノリはそんな母の態度に不満を感じたが、父親とも相談した結果、ポノリは「マジメ教室」に行かせてもらえることになった。父はポノリに「マジメになったニューポノリンに期待しているよ」と言ってくれた。「そのニューポノリンとかいう言い方自体が不真面目なのでは?」とポノリは思ったが、まあ単に言語センスの問題かと思い、それは軽く聞き流した。
 
 ポノリは「マジメ教室」に電話をして、土曜日の午前中に予約を入れた。そして土曜日の朝、ポノリは絶対に遅刻しない様に目覚まし時計を2個も使って確実に起床し、予約時間の10分前には、きちんと「マジメ教室」を経営する女性の家に到着した。
 
 「初めまして、ポノリと申します。今日の10時に予約を入れました」ポノリが努めてマジメに挨拶をすると、経営者の女性は笑顔で迎えてくれた。本日のマジメ教室には、ポノリの他に9名の生徒が来ていた。一クラス10名で行われたポノリにとっての初めての授業は、先生と一人の生徒が会話をし、先生があえて不真面目な態度を取り続け、それに対して生徒がいかにマジメさを貫けるかというテストをする形式で進められた。
 
 このレッスンには、先生の演じる不真面目な人物の態度を客観的に観察することで、不真面目な態度というものがどれだけみっともないかを感じてもらい、かつ先生の相手役の生徒には、マジメな人が相手の不真面目な態度にどれだけ不快な思いをさせられているのかを、実感してもらうことにあった。皆マジメにあくび一つせず授業に取り組んでいた。
 
 授業の最後に先生は言った。「マジメな奴ほど馬鹿を見るという社会通念は事実かも知れません。マジメな人は時に損をするかも知れないのです。しかしマジメな人には、確固たる『自分』というものがあります。もちろんマジメでない人にも『自分』はあるかも知れませんが、私の考えでは、自分でどう思っていようとも、確固たる『自分』を持てる人というのは、どこかで一本筋の通ったマジメさがあるのです」
 
 「マジメな人とお堅い人というのはよく混同されがちですが、実際は違います。マジメでかつお堅い人もいるでしょうが、マジメ=お堅いではないのです。お堅いイメージを避けるためにマジメでない振りをしている時点で、その人はマジメです。マジメなイメージを回避して要領よく立ち回っても、それは要領の良いマジメ人間です」
 
 「この教室に来られる皆さんは、周囲から不真面目な態度を指摘されるなどして来られたかもしれませんが、あなたたちは皆マジメ人間です。性根が不真面目な人は、誰に何を言われたって、こんな所にはやって来ません。私は皆さんが根本的にはマジメ人間だからこそ、提唱したいことがあります。それはマジメにマジメな人生を歩んで頂きたいということです。私は皆さんに決してマジメ人間の落とし穴にはまって欲しくはないのです。私はこの教室を通じて、皆さんにそこの部分を理解して頂きたいのです」
 
 性格としてのマジメさと、生き方としてのマジメさを一致させることは意外に難しく、落とし穴にはまったマジメ人間は大勢いるだろう。マジメにマジメな人生を歩むとは、マジメさゆえに人に傷付き倒れるリスクを回避し、マジメさゆえに社会の悪を過剰に憎んだりせず、マジメさゆえに重過ぎる荷を背負って生きないこと。
 
 「マジメな人生は、きっと良き友を生む!」ポノリはそんな不思議な確信を胸に抱き、帰路に付くのだった。