掌編小説ノート

3分で読める、お手軽ストーリー

歌姫の壮絶なる死の真相

 「我々はついに宝を発見しました。しかしその為に大切な仲間を失った。私たちは邪悪な白猿と戦って散っていった、歌姫アリナの冥福を祈りたいと思います」

 

 宝の地図を手にしたポッド隊長は、射撃王ビートン、格闘の覇者カンダム、呪術師タルム、そして歌姫アリナの5人で探検隊を結成し、絶海の孤島モカハマに向かって飛行機で飛び立った。向かう先には、島を守る体長10メートルの邪悪な白猿が待っている。成功か死か、5人のメンバーは決死の覚悟で、人生の大勝負に挑んだ。

 

 絶海の孤島モカハマに着いて、一行は取り合えず海岸にキャンプを張り、そこを基点に宝の地図に従って、探索を始めることにした。夜たき火を囲んで皆がお喋りをしていると、歌姫アリナはおもむろに歌を歌い出した。それはアリナの故郷に伝わる、若い女の悲しい恋の歌であった。皆押し黙ってそれを聞いていた。

 

 歌い終えると歌姫アリナは、この歌についてこう語った。「私の一生は、一幕のお芝居。悲しい恋のお話。私はねえ、この歌のそんなところが好きなのさ。私の人生も、こうありたいもんだね。一幕のお芝居にふさわしい死に様。私はここで命を落としたっていいと思ってるんだ。この絶海の孤島に潜む邪悪な白猿。そいつに襲われたらイチコロさ。そんな終わり方だったら、私は満足だね」

 

 次の朝、探検隊は地図を慎重に確かめながら、森の奥へ進んでいった。すると遠くの方から「ウォーン、ウォーン」という獣の咆哮が響いて来た。探検隊の面々の表情に緊張が走った。あれは邪悪な白猿が発した声なのか。来たるべき対決の時に向けて、探検隊の面々は身構えた。邪悪な白猿は、いつ彼らに襲い掛かるのだろうか。

 

 やがて探検隊は、洞窟の入り口にたどり着いた。彼らが目指す宝は、どうやらこの中にあるらしい。探検隊が洞窟に入ってからしばらくして、その洞窟の奥から、先ほどと同じ「ウォーン、ウォーン」という獣の咆哮が響いて来た。邪悪な白猿は、この洞窟の奥に潜んでいるのだろうか。探検隊の各員は、いつ襲われても戦えるように、臨戦態勢に入った。

 

 ポッド隊長は、皆に注意を促した。「足元に気を付けろ。邪悪な白猿にばかり気を取られると、思わぬ落とし穴に落っこちるぞ」しかし皆の意識は、どうしてもあの不気味な咆哮に向かってしまっていた。こんな逃げ場のないところで邪悪な白猿に襲われたら、果たして自分たちは生き残れるのか。

 

 「ギャー!」突然洞窟に悲鳴が轟いた。皆何が起きたのかと周囲を見回し、仲間の無事を確認した。しかし…。「歌姫アリナはどこだ!」隊長が叫んだ。皆辺りを見回しアリナを探したが、彼女はどこにもいなかった。「隊長、ここに穴が!」射撃王ビートンが地面を指さした。確かにそこには穴があった。

 

 「ここに落ちたんだ!」ほかの隊員もこの穴を見逃していたのに、なぜ彼女だけが…。彼らはアリナの無事を祈りつつ、穴に向かって呼び続けた。「おーい!おーい!」しかし応答はなかった。どれだけ深い穴なのか分からない。彼らは全員、アリナの救出は不可能だと判断した。

 

 「だから、あれほど…」隊長は歌姫アリナの不運を悔やんだ。そして彼らは隊長の提案に従って、一旦海岸のキャンプまで戻ることにした。彼らにとって歌姫アリナの死はショックだったが、特に隊長はひどく落ち込んでいた。夜たき火を囲みながら、アリナのことを語り合っているうちに、射撃王ビートンは当初から抱いていた疑問を、隊長に投げかけた。

 

 そもそも、なぜ歌姫アリナをここに連れて来たのか?それは皆が感じていた疑問だった。すると隊長からは意外な答えが返ってきた。「実は私とアリナは婚約していたんだ」そんなに大事な存在なら、なぜこんな危険な場所へ連れて来たのだろうか。「あの宝の地図は、彼女が持っていた物だった。彼女は私にそれを見せる代わりに、私を連れてってと…」

 

 その後2回目の挑戦で、探検隊は無事宝を手に入れた。恐れていた邪悪な白猿は、とうとう姿を現さなかった。彼らはキャンプに戻ったが、歌姫アリナの死を悼み、全員が控えめに喜びを分かち合う中、隊長は言った。「私たちが無事宝を手に入れられたのも、邪悪な白猿と遭遇せずに済んだのも、亡くなったアリナが守ってくれたからだ。彼女は穴に落ちたんじゃない。私たちの身代わりに邪悪な白猿と戦って死んでいったんだ。それでいいじゃないか」

 

 人生を一幕のお芝居とするなら、歌姫アリナの死は、あまりにも絵にならない最期であった。探検隊の妙な肩書の面々も、その特性を活かすことなく終わり、思わせぶりな邪悪な白猿は、そもそもいるのかどうかも分からない。しかし隊長は、きっと話を面白くしてくれる。彼の手になる冒険奇譚の出版を、期待して待ちたい。