掌編小説ノート

3分で読める、お手軽ストーリー

ロボットの沈黙

 ある町の科学センターという名の子ども向けの施設には、人気者のロボットがいた。このロボットは名を「ファンタス」といい、子どもたちの科学のナビゲーターとして活躍していた。
 
 そして、科学センターには、ファンタスのための整備士がいた。彼は二十代の男性で、名をラアキンと言った。ラアキンは無口で、自分の過去を決して語らない男だった。しかし、科学の知識は豊富であった。
 
 ラアキンには人には言えない秘密があった。彼は、内緒でファンタスを改造していたのだ。それは科学のナビゲーターとして、より良くするための改造だった。しかし、科学センターの許可を得ずに行うその行為は、決して許されるものではなかった。
 
 ある夜、ファンタスの整備を終え、ラアキンがファンタスのテストをしようとしたとき、異変が起きた。ファンタスは、突然喋らなくなってしまったのだ。他の動作は、問題なかった。ただ喋る事だけが、出来なくなってしまったのだ。
 
 ラアキンは何とかしようと徹夜で頑張ったが、駄目だった。そこで、ラアキンは仕方なく、科学センターの所長に、不具合を報告した。
 
 すると所長は不機嫌になり、どうしようかと思案した挙句、ファンタスが直るまでは、ラアキンが代わりに科学解説をするように命じた。ラアキンは喋るのが苦手なので、即座に断ったが、所長の命令は絶対だった。
 
 そこでラアキンは、無言を貫くファンタスの横に立ち、彼に代わって科学の解説をした。ファンタスのように愛嬌はないが、ラアキンはファンタスの穴を埋めるのに十分な働きをした。段々子どもたちにも好かれるようになり、特に常連の子どもたちには、「お兄ちゃん」と言って慕われるようになった。
 
 ラアキンにとっては、そんな毎日が楽しかった。人知れず知識を蓄えてきた彼の努力が、ここで初めて花開いた。昼間は科学解説者。閉館後はファンタスを直すための整備士。彼は二足のわらじを上手く履きこなした。
 
 しかし、ファンタスはいつか喋れるようになる。そうなると、ラアキンは再び、日陰に立つ一整備士に戻ってしまう。ラアキンは今の充実した生活を失いたくなかった。
 
 そこで、彼は一計を案じた。ファンタスの故障から一か月が過ぎ、ついにファンタスは喋れるようになった。
 
 しかし、彼は決して元に戻ったわけではなかった。ラアキンの秘密の改造の結果、ファンタスはとても難しい科学解説をするロボットになってしまったのだ。
 
 このままでは、ファンタスは使えない。そこで所長は考えて、ラアキンにファンタスの難しい説明を、わかりやすく子供たちに伝える、二次解説者のような仕事を与えた。
 
 所長は引き続き、ラアキンにファンタスの修理を指示し、以前のファンタスに戻すように求めた。ラアキンの二次解説の仕事は、あくまでも一時的な処置のつもりだった。
 
 しかし所長の思惑と違い、ラアキンとファンタスのコンビは、子どもたちに人気があった。結果、入場者数も伸びていた。そこで仕方なく所長は現状維持を認めた。
 
 ラアキンは表情が明るくなり、よく笑うようになった。それはかつての明朗な科学少年が、その輝きを取り戻したかのようであった。