掌編小説ノート

3分で読める、お手軽ストーリー

空に浮かんだレモン

 ある日の夕方、バラコという少年は、空を眺めながら、何かレモンのような酸っぱい感覚が、頭をよぎるのを感じた。すると、空にレモンが浮かぶのが見え、不規則な動きをして、やがて消えていった。
 
 バラコは確信した。「あれは、UFOだ」と。バラコは家に帰って、両親にそのことを話したが、取り合ってくれなかった。両親はUFOという単語が出てきた瞬間、息子の話を信じる努力を放棄した。
 
 仕方なく、バラコは学校で友達にそのことを話した。しかし、UFOの体験談など、彼らにとっては、もはや時代遅れであった。だから、バラコのこの「空想話」は、かえって友人の軽蔑を招くだけであった。
 
 そこで、最後の頼みである学校の先生に訴えるため、バラコはUFOのことを作文に書いて提出した。しかし、返って来た答えは「真面目に書きなさい」の一言であった。誰も、バラコの話を信じてくれなかった。バラコは、そのことが大変悔しく、しかしどうすることも出来ない現実に、打ちひしがれるだけであった。
 
 そんなある日、バラコはテレビの新しいCMを見て仰天した。そのCMの中では、空に浮かんだレモンが、UFOのように飛び回り、若いな女の人がレモンソーダを飲んでいるのだった。
 
 このCMを作った人は、もしかして自分と同じ体験をしたのではないか。バラコは、このCMを作った人に会いたかった。
 
 そこで、彼はレモンソーダの会社を訪ねた。珍しい子どもの来客を歓迎してくれた会社の人は、バラコを広報部の人に会わせてくれた。
 
 広報部の女性は、バラコの話を丁寧に聞いてくれた。そして彼女は思った。この話は宣伝に使えるかもしれない。そこでこの女性は、例のCMを作ったプロデューサーのルマーク氏に会わせてくれた。
 
 ルマーク氏はバラコの話を聞いて、酸っぱい感覚が頭をよぎったというバラコの体験談に、とても大きな感銘を受けた。実はルマーク氏も少年の日にバラコと同じ体験をしていたのだ。
 
 「酸っぱい感覚」の話は、ルマーク氏にとってバラコの話が本当だという何よりの証拠であった。あのCMは、その体験をもとに作ったものだった。
 
 しかし、彼はそのことを誰にも明かしてはいなかった。ルマーク氏は少年の頃にバラコと同じく、誰からも信じてもらえず、そのうっぷんを晴らすために、あのCMを作ったのだった。
 
 だから、バラコとの出会いは、ルマーク氏にとって、ついに自分の話を分かってくれる人に会えた喜びを与えてくれる、素晴らしい体験だった。
 
 ルマーク氏と広報部の女性は話し合い、このバラコの体験談を新聞の広告に使うことで合意した。とにかくルマーク氏はこの話に大乗り気で、広報部の人を説得して全国紙に丸々一面を使って宣伝をする約束を取り付けたのだった。
 
 バラコの体験談は新聞に大きく紹介され、それは話題となった。ルマーク氏は、自らのバラコと同じ体験談を告白し、それもまた話題となり、あのレモンソーダの売り上げは飛躍的に伸びた。
 
 バラコの両親や友人も、やっとバラコのことを信じてくれた。そしてそれはルマーク氏にしても同じことだった。彼らの「空想話」は、メディアの力に依って「実体験」へと生まれ変わったのだった。