掌編小説ノート

3分で読める、お手軽ストーリー

マジシャンに憧れて…

 ポップデュオ「マジック&モンキー」のマジックは、二千人の観客を前にして、謝罪の言葉を述べた。
 
 「どうもすいません。また弟が遅刻しておりまして…。弟が到着するまで、僕の下手な手品をお楽しみください」すると観客たちは苦笑まじりに「またか…」と思いながらも、マジックに拍手を送った。
 
 真面目な兄のマジックと、遅刻常習犯の弟モンキー。しかし実際のところ、これは作られたイメージであり、本当は真面目なモンキーは、イメージの為にわざと遅刻することを、兄に強要されていた。
 
 開演時間後、人目をはばかりこっそりと会場入りしたモンキーは、兄の指定した「到着時間」まで、ファンからの差し入れのバナナをモグモグと食べながら、楽屋で人生について考えていた。
 
 モンキーの遅刻の理由は、ひとえに兄マジックのわがままにあった。シングル「モンキー・マジック」がヒットして名前が売れ出すと、マジックは「俺はステージで手品をやりたいから、お前は少し遅れて来い」と言い放ったのだ。
 
 歌が上手いのはマジックで、コンサートの曲目もほとんどマジックのリードヴォーカル曲で占められ、モンキーはコーラスをしたり、マラカスを振ったり、モンキーダンスを披露したりしていた。
 
 一見すると、ステージにモンキーがいなければいけない理由はほとんどなく、マジック一人でもステージは成立しそうなのだが、ミュージシャンなのに手品が大好きなマジックは、弟の不在を口実に、お得意のマジックを披露したがった。
 
 「急にバナナが食べたいと言い出しまして…」「急に人生について考えたいと…」「急にいい曲が思いついたらしく…」ステージ中にモンキーが楽屋に引っ込む理由は様々で、マジックはその度に「つなぎの手品」を披露して、一人満足していた。
 
 マジック&モンキーにおけるモンキーの存在理由は、彼がすべての曲を作曲しているという事実にあった。この作曲については、マジックはいくら努力してもいい曲が書けず、頑張って作った曲を披露すると、スタジオからは失笑が漏れるほどであった。
 
 マジックがマジック&モンキーを解散出来ない理由はそこにあり、本当は手品&歌謡ショーで独立したいのだが、それをするにはまだ実績が無さ過ぎて、将来のことを考えると、それは無謀と言えた。
 
 それにファンはモンキーが好きだった。14曲入りのアルバムの中で2曲しかないモンキーのリードヴォーカル曲は人気があったし、歌唱力では兄に劣るかもしれないが、モンキーの声が好きな人も多かったのだ。
 
 そんなことをやっているうちに、マジックの手品コーナーはファンの間で定着し、事実上MCの代わりの様になってきた。だからモンキーもわざわざ遅刻する必要がなくなり、「それじゃあ僕はちょっと人生について考えて来ますので…」などと言ってステージから下がり、楽屋で休憩していれば良くなったのだ。
 
 マジックは曲作りは苦手だったが、色々と才能のある人で、彼の披露する手品は玄人はだしであり、ファンの人でなくとも一見の価値のあるレベルにまで達していた。そして彼はさらに手品に傾倒していき、「マジック&トリック」という手品に関する本を書き、それがそこそこ売れるほどであった。
 
 当初マジックの手品コーナーはファンの動揺を誘い、何となくざわざわとした雰囲気の中で行われていたが、今や市民権を得たマジックショーは、バックバンドがおなじみの「オリーブの首飾り」を演奏する中、ファンの手拍子に包まれながら披露するまでになった。
 
 実直な弟は、そんな兄の為に「イリュージョン」という新曲を書き下した。それは少年の頃から手品に凝っていた兄をモデルにした主人公が、夢を叶えていつしかエンターテイナーになるという内容の歌で、一般的にもヒットしたし、マジック&モンキーをずっと応援してきたファンからは絶大な支持を得た。
 
 ファンから「マジモン」という愛称で呼ばれるマジック&モンキーのコンサートでは、今日も「オリーブの首飾り」をバックにマジックショーが行われている。そして、マジックは弟が自分の為に書いてくれた「イリュージョン」という曲の意図を誤解し、いつかはマジック&モンキーのコンサートで大掛かりなイリュージョンを実現させると宣言した。
 
 今後モンキーはより深く人生について考えなければいけなくなりそうである。