掌編小説ノート

3分で読める、お手軽ストーリー

未来を変えた教え子たち

 ある町で町長選挙が行われた。そこには二人の男性が立候補した。
 
 一人は、この町で三十年間教師を勤めて退職したファンタース先生だった。そして、もう一人はこの町の大きな工場を経営するギロンチ社長だった。
 
 この社長は財力があり、今度の選挙では惜しみなく金を使い圧勝するつもりだった。一方先生の方は、選挙資金が乏しく、財力ではとても社長にはかなわなかった。
 
 しかし、いざ選挙戦が始まってみると、先生の方が人気が高かった。そこで、焦りを感じた社長は、自分の息子を利用することにした。
 
 この息子は、ファンタース先生の教え子で、その彼が先生の暗い過去を暴いたのだった。彼曰く、先生は自分に体罰を行った。そのために、自分の人生は狂い、遊び人になってしまったというのだ。
 
 それは息子の作り話だった。先生は在職中、一度も生徒に暴力など振るったことはなかったのだ。しかし、先生はあえて反論はしなかった。先生は選挙の争点がずれていくことを避けたかったのだ。
 
 財力を誇る社長のネガティブキャンペーンは功を奏し、投票日を一週間後に控え、社長は有利な立場に立った。このままいけば先生は負けてしまう。先生の選挙スタッフは、こちらもネガティブキャンペーンを行うことを強く勧めた。
 
 なにせ社長は、叩けばいくらでも埃の出る男だったのだ。自分の事だけではなく、町の将来の事も考え、先生はネガティブキャンペーンを決意するのであった。
 
 ちょうどそのころ、先生の選挙事務所に、意外な来客があった。それは二十代の男性で、先生の教え子だった。しかし、この教え子は不登校が多く、非常に印象の薄い生徒だった。
 
 彼は一枚の紙を先生に見せた。それは、その教え子が在学中に書いた作文だった。その作文の内容は、ひとえに自分の悪口を言う同級生たちを糾弾する内容だった。
 
 そんなものを提出したら怒られるものとばかり思っていた教え子は、作文が返って来たときに大変驚いた。そこには花丸と共に先生の次の言葉が添えられてあった。「とても勇気のある告白でした」
 
 教え子はこのとき、とても安堵したことを今でも覚えていて、そのときに言えなかった「ありがとう」の一言が言いたくて、陣中見舞いもかねてやった来たのだった。
 
 そんなことがあって、先生の選挙事務所では、もう誰もネガティブキャンペーンを求めなくなった。先生は選挙期間の最後まで、声を枯らして、自らの政策を訴え続けた。
 
 そして、投票日がやってきた。夜の八時に締め切られた投票所は、開票作業に移り、翌日の早朝には大勢を決した。
 
 結果は財力に勝る社長の勝ちだった。しかしそれは僅差での勝利であった。
 
 そして、社長が新町長になったとき、その傍らには、先生の姿があった。先生は町の特別顧問に就任したのだ。良心の呵責に耐えかねた社長の息子が、半ば親を脅迫するような形で、そうさせたのだった。
 
 先生の二人の教え子が、結果的にこの町の未来を変えたという事実を知る町民は、ほとんどいなかった。