掌編小説ノート

3分で読める、お手軽ストーリー

ひっそりと特撮オールナイト!

 最近の子どもは知らないだろうが、かつてこの国には子どもたちを熱狂させた「特撮映画」という文化があった。それを知らないことにかけては、今時の子どもであるギャロという男の子も例外ではなかったが、彼は父親に連れられて「特撮の父・ガンパイク監督生誕100周年記念 あの頃、僕らには未来があった…」という催しを訪れ、初めて特撮映画の世界に触れた。

 

 そこには今は亡きガンパイク監督の作品で使われたミニチュアの模型とか、公開当時の映画のポスターなど、今となっては貴重な資料の数々が展示され、「あの頃の少年たち」は感慨深くそれらを観覧し、往時を懐かしんだ。そして今どきの少年ギャロにとっては、これらは初めて触れる文化であったが、彼にとってもこれらの資料は大変興味深く、この世界のことをもっと知りたいと思うようになった。

 

 帰り道、ギャロは父親と今日の感想を語り合い、今からでもガンパイク監督の作品を見てみたいという思いで一致した。そんなことがあってから、ギャロの学校が夏休みに入った頃、彼の父親は新聞のテレビ欄を、嬉々として息子に示し、あのガンパイク監督の作品が放送されることを告げた。それは深夜番組で、週に一回放送されている「深夜の映画館」の「真夏の夜のガンパイク特集」という企画によるものだった。

 

 今回の企画で放送されるガンパイク監督作品は三つで、一晩で一気に三本放映するとのことだった。今回取り上げられるのは「ゴーゴン三姉妹の呪い 恐怖の毒蛇地獄」「スヴァラ湖の謎 人喰い恐竜スヴァラシー」「異星人ヴィーナス 金星から来た女神」の三本であった。ギャロはぜひ見たいと思ったのだが、その番組が深夜番組というのが問題であった。なぜなら彼の家にはまだビデオデッキが無かったのだ。

 

 ギャロは家庭にビデオデッキを持っている友人に録画して見せてもらえないかと頼んでみたが、高額なビデオテープで「そんなもの」を撮るのは勿体ないと言われ、断られてしまった。ちなみに現時点でビデオソフト化されているガンパイク監督の作品は一本も無かった。ギャロはこんな貴重な作品がただ放送で流されて消えて行ってしまうという事実に納得がいかなかった。

 

 さてこうなると、ギャロがガンパイク監督の作品を鑑賞するには、テレビのオンエアで見るしかない。彼の父親は子どもに夜通しテレビを見させることに反対する母親を説得して、このチャンスがいかに貴重なのかを切々と訴えた。母親は最後まで特撮映画の価値を理解しようとはしなかったが、夏休みでもあるし、父と息子が仲良くするのは良いことなので、今回に限り徹夜を許可してくれた。

 

 やがて夜も更けて、くだらない映画の為に徹夜する親子の姿を微笑ましく感じながらも、さっさと眠りについた母親を尻目に、特撮映画世代の父と、特撮を知らない子どもたちの一人だったギャロは、お楽しみの「深夜の映画館」がいよいよ始まるのを受けて、興奮しきりであった。番組では司会者であるヴェーダという人物が、これから放映される「ゴーゴン三姉妹の呪い 恐怖の毒蛇地獄」という映画について5分ほど解説をした。

 

 ギャロはこのヴェーダという人を始めて見たが、父親によるとこのヴェーダという人物は、父親と同じく特撮映画全盛期に子ども時代を過ごし、大抵の人がある程度の年齢になると別のことに興味を抱くのに対し、この人物はスポーツ選手にも流行歌手にも目もくれず、ひたすら特撮映画に情熱を注いできた人で、やがて衰退していった特撮映画界を最後まで見捨てず、歴史の一証人として特撮映画の素晴らしさを今に伝える語り部の様な存在とのことだった。

 

 「深夜の映画館」は、普段は別の映画解説者が司会をする番組なのだが、今回は特撮映画の特集ということで、ヴェーダは特別ナビゲーターとして番組に招かれていた。ギャロはこのヴェーダという人物の語り口を非常に気に入り、たった5分なのにこれから始まる映画への期待度を十分に高める彼のプレゼンにいたく感銘を受けた。自分はもう特撮映画の魅力に抗えない。ギャロはそんな確信を抱いた。

 

 やがてヴェーダの解説は終わり、本日の1本目「ゴーゴン三姉妹の呪い 恐怖の毒蛇地獄」が始まった。しかしギャロは始まって30分経った辺りで、ややこの映画に対する興味を失いかけていた。ギャロは子どもだからそこまで考えなかったが、この映画は誰が見ても低予算で作られたものにしか見えなかった。開始から30分の間、若い男女の恋路とか喧嘩別れとかが描かれるばかりで、タイトルにあったゴーゴン三姉妹など、ワンカットですら登場しなかった。

 

 名匠ガンパイク監督の真骨頂である特撮の妙を楽しめるのは映画の後半に入ってからで、ギャロはその頃にはもう眠ってしまっていた。父親はちゃんと起きて見ていたので、息子を起してあげようかとも思ったが、彼も本当は子どもが夜更かしをするのは良くないと思っていたので、あえてそのまま寝かせておいた。

 

 翌朝ギャロが目を覚ますと、彼は自分のベッドの中にいた。「ああ…ボク寝ちゃったんだ」ギャロは悔やんだが、またいつか機会はあるだろう。特撮の神様ガンパイクは、今日も天国から子どもたちを見守っている。