掌編小説ノート

3分で読める、お手軽ストーリー

劇場の笑気

 モントリーコップ国際映画祭には、例年通り各国の気鋭が自信作を出品し、街は映画祭が続く一か月の間、華やかなムードに彩られた。映画監督や出演俳優が姿を見せると歓声が起こり、彼らは映画館の客と共に映画を鑑賞し、観客たちの賞賛の拍手を受けて、自分たちの作品に対する手ごたえを感じ、満悦の体であった。
 
 出品された作品は様々で、人気作とそうでないもの、大作と小品、予算の高いものと低いものなどに分かれるが、映画祭の運営側は、受けの良さそうなものだけでなく、注目を浴びにくい作品にも光が当たるよう、平等にチャンスを与える方針であった。
 
 映画を見に来るファンたちは、たいがい有名監督や人気俳優の作品を見たがるものだが、さすがに映画の街を自認するモントリーコップの市民だけあって、あえてそういう話題作を避けて、皆が注目しない作品の中から、面白い作品を見出そうとする、好事家も一定数存在した。
 
 今回もその様な作品は存在し、その日の最終上映に当たる時間に公開される「告発」という映画などは、その部類であった。「告発」という作品は、その映画の作られた国では有名だが、国際的には無名の女優が主演しており、この作品の出演者はその女優のみで、この映画は映画祭のホラー部門にエントリーしていることの他は、ほとんど情報が明かされていなかった。
 
 観客たちはたった一人の出演者で映画が成り立つのかとか、その条件でホラー映画など撮れるのかと不思議がり、それでも映画通を自認する観客たちは、何が起こるのかと期待を寄せていた。仮に駄作だったとしても、それはそれで話のタネにはなるし、損にはならないと皆思っていた。
 
 やがて映画「告発」の上映時間が迫り、映画館には監督とたった一人の出演者である中年の女優が入場し、ややまばらな観客席に向かって愛嬌を振りまいていた。観客たちは本国では有名だとされる女優を見て、さすがに綺麗だなあと感心した。
 
 映画館のブザーが鳴り照明が落ちると、いよいよ映画が始まる。映画は何か音楽が流れて始まるという訳でもなく、シーンと静まり返ったまま始まった。まずスクリーンに映し出されたのは夜のサッカー場で、照明に照らされた青い芝生が美しく映え、やがて画面には外国語が映り、字幕には「告発」というタイトルが書かれてあった。
 
 そしてしばらくすると、画面の外から「ワー!」という男性の悲鳴が聞こえ、やがて画面には全力でピッチを疾走する中年男性と、刃物を持ってそれを懸命に追いかける女性の姿が映った。しかしカメラは固定された様に動かないので、被写体の男女はやがて画面から消えてしまい、スクリーンにはピッチの青い芝の他、何も映らなくなった。
 
 しばしの静寂の後、再び画面の外から男性の声が聞こえ、「ワッ!ワッ!」と悲鳴に似た声を出したかと思うと、次の瞬間「ギャー!」という悲鳴が聞こえ、その後映画館にはまた静寂が訪れた。サッカー場以外何も映らないスクリーンには、やがて遠くの方に刃物を持った女性が映り、その女性は静かな歩みで徐々にカメラに近づいてきた。
 
 そして息を弾ませた状態でカメラの前に立った女性は、血の付いた刃物を画面に向け、「やりました…」と一言呟いた。この中年女性は先ほど愛嬌を振りまいていた主演女優と同一人物なのであろうが、なぜかノーメイクであった為、一瞥しただけでは分からないくらい違って見えた。
 
 まだ息の荒い女性はしばらく無言でカメラをにらみ続けたが、その鬼気迫る表情には観客たちも戦慄を覚え、口々に「ホラーだ」「ホラーだ」と囁き合った。そして場内には少しずつ笑い声が起こり、やがて映画館全体が笑いの渦に包まれた。
 
 その後映画には主演女優の夫であるその国の大統領のスキャンダルを報じるニュース映像がひたすら流れ、そのニュース映像の中に時折主演女優も登場し、夫の汚職だの浮気だのといった醜聞をぶちまけ、ときに笑い、ときに涙する姿が映された。映画館の中は、冒頭のシーンで起きた笑い声が一向に収まらず、真面目なニュース映像なのに、皆涙を流しながら大笑いして見ていた。
 
 そして大統領の逮捕、保釈の際の大騒ぎと続き、大筋で罪を認める法廷内の様子が映り、その後大統領の入院と退院、すっかり老け込んだ大統領、危篤状態の大統領、大統領の死、そして盛大な葬儀をもって、映画「告発」は終わりを迎えた。そして「THE END」というテロップが出た後、再び主演女優が映し出された。
 
 女優は相変わらずノーメイクで、血塗られた刃物を向け、鬼気迫る表情で言った。「殺りました…」