掌編小説ノート

3分で読める、お手軽ストーリー

知らぬは目利きばかりなり

 ある街の骨董屋の旦那は、大変な目利きで、皆から尊敬され、商売も上手くいっていた。
 
 旦那には一人娘がいた。器量がよく、頭のいい娘だった。娘は父を尊敬していて、仲のいい親子だった。娘は二十歳になったころ、父親の弟子にあたる若者と結婚した。この師弟の関係も良好で、商売はますます繁盛していった。
 
 しかし、旦那の耳によからぬ噂が聞こえてきた。それは、娘夫婦が独立したがっているという噂だった。それは事実ではなかったが、旦那はその噂を信じた。そして、弟子に対する猜疑心が徐々に大きくなったいった。
 
 やがて一枚の皿を巡って、旦那と弟子は対立するようになった。旦那はその皿を高く評価したが、弟子は否定的だった。しかし最後には弟子が折れて、旦那はその皿を買った。
 
 旦那はその皿を店の一番目立つところに置いたが、売れなかった。そこで、旦那は少しずつ自信を失っていった。反対に弟子は自信を深めた。しかし、旦那のことを思い、あの皿が売れてくれればと願ってはいた。
 
 ある日、一人の女性が店を訪れた。この女性はアンティークに詳しく、一人店番をしていた旦那を驚かせた。そしてその女性は、例の売れない皿を見て興味を示した。しかし、旦那は自信がないので、それを買ったのは自分の弟子だと嘘をついた。
 
 それからしばらくして、一人の年配の女性が店を訪れた。そしてその女性は、なぜか例の皿に興味津々だった。そのとき店には弟子しかいなかった。
 
 女性はこの皿を買ったのはあなたなのかと尋ねた。弟子は当然それを否定した。しかし価値のあるもののように、女性に勧めた。商売人としての性が、彼をそうさせた。
 
 結果、その皿は売れた。皿が売れたのを見て、旦那は弟子の商売の上手さに脅威を感じた。価値のないものを高く売ったからだ。一方弟子の方は、良心の呵責に苦しんだ。彼は自分が価値を認めない皿を、高く売りつけたことを悔いていた。
 
 しばらくして、例の皿を買った女性が、またやって来た。店には、旦那の娘が一人いるだけだった。女性はあの皿が大変気に入っていた。娘は父と弟子の双方の苦悩を知っていたので、事の顛末を正直に話した。
 
 しかし、女性は友人であるアンティークの専門家の見立てにより、あの皿の高い価値を確認しており、そもそもあの皿を勧めたのも、その友人であることを明かした。
 
 そこで、娘はそのことを、父とその弟子に話したが、猜疑心の強い父は娘の話を信じなかったし、弟子はかえって自信を失った。
 
 この師弟の関係は、もう限界だった。そして本来は望んでいなかった、娘夫婦の独立のみが、問題の唯一の解決法となった。
 
 「あそこのお弟子さんもう独立だってさ。やっぱ羽振りがいいんだねえ…」